高峰譲吉博士研究会

寄 稿(1)

随 想 〜 高峰譲吉先生に思うこと 〜

山本 綽(ゆたか) (新日本化学工業株式会社 顧問)/当NPO法人理事長

 高峰譲吉先生の墓所はニューヨーク・ブロンクスのウッドローン墓地である。墓地の案内には、「近代バイオテクノロジーの父」として紹介されている。このことを知っている日本人は殆どいない。バイオテクノロジーの原点ということでは,高峰先生に辿り着く、と言っても異論を唱える人は少ないと思う。
 しかし、半生をアメリカで過ごし,そこで骨を埋められたことや、その他の情報不足などにより、高峰先生の功績が正当に評価されているとはとても思えない。
 新日本化学工業は麹培養で各種かび由来の酵素を製造し、販売して40余年になるが、この麹培養による酵素製造技術は、今から100年以上も前に、高峰先生により開発された「タカジアスターゼ」の製造技術であって、基本的には現在まで何ら変っていない。いまだに社員一同、今日でも生計を立てさせていただいているのは高峰先生のお陰と深く感謝している。
タカミネ・ラボラトリー 高峰先生が設立した会社の一つが「タカミネ・ラボラトリー」であるが、1956年にマイルス・ラポラトリーズに売却され、酵素事業は同社により継承された。「高峰譲吉」とか「タカジアスターゼ」、あるいは「アドレナリン」などの名前程度しか知らなかった私に、高峰先生の偉大な功績をいろいろと、誇らしげに教えてくれたのはこの会社で働いていたアメリカ人の酵素事業担当者たちであった。
 彼らが高峰先生のことを良く知っていて、深く尊敬していることを知ったのは驚きというよりもショックでさえあった。アメリカ人が高峰先生のことをこれほどまでに大切にしていてくれることに深い感銘を受けると同時に、自分が良く知らなかったことに恥ずかしい思いをしたものである。それからすでに30数年の時が経ち、先生の業績についてはかなり知ることができた。その功績が判明するに連れ、その偉大な功績のため、敬服の念は益々昂じるのみである。
 主なものを拾っただけでも、タカジアスターゼ以外にも世界で初めてのホルモン剤であるアドレナリンの事業化に成功し、肥料事業を興し、ベークライト事業を立ち上げ、電気事業の重要性を説き、アルミ事業を興し、さらには科学技術振興の重要性を説き、「国民的化学研究所」(現理化学研究所)の設立を提唱するなど、枚挙に暇がないほどである。一方で日本とアメリカの掛け橋となって両国の友好親善に尽くしたのである。たとえば、ワシントンDCやニューヨークなどの桜は高峰先生が寄贈されたものであるし、ニューヨークにある「ニッポンクラブ」や「日本人協会」を設立したのも高峰先生である。即ち、先生は科学者であり、発明家、起業家で、民間大使でもあったのである。
 今、日本は未曾有の不景気に苛まされている。今こそ新しい技術に基づいた新規事業、それも研究開発指向型のいわゆるベンチャービジネスが求められている。今から100年以上も前に、明治時代の未だ科学技術の黎明期にあった日本を発ち、アメリカに乗り込んで百難に遭遇した中でベンチャービジネスをやったのが高峰先生である。21世紀はバイオテクノロジーの時代と言われている今こそ、この偉人に続く若い人が早く世に出られることを願っている。高峰先生もお待ちになられていることだろう。


(作成:平成22年5月14日/文責:事務局)