高峰譲吉博士研究会

寄 稿(21) 

黒部川開発100周年と先人の顕彰


「黒部川開発100年のつどい」記念シンポジウムに登壇

 以前の記事「黒部川電源開発100周年 高峰譲吉博士とアルミ産業」でお知らせしましたように、2017年は黒部川流域の電源開発100周年であり、多くの関連行事が開催されました。10月に行われた「黒部川開発100年のつどい」には、石田理事長夫妻と事務局長が参加し、理事長は献花と記念シンポジウムのパネリストとして登壇致しました。当日の様子と黒部川の発展について、地元・宇奈月温泉自治振興会会長の河田稔氏より寄稿文を頂きましたので、ご紹介いたします。






【寄稿】黒部川開発100周年と先人の顕彰
宇奈月温泉自治振興会会長 河田 稔

 世界文化遺産登録の諮問にかかわる「国際記念物遺産会議(イコモス)」の国内委員会は、後世に残したい「日本の20世紀遺産20選」を発表した。日本の近現代の文化遺産の価値に目を向けようというのが狙いだが、そのなかに「黒部川水系の発電施設群」が選ばれた。
 20選には、日本で最初に開業した東海道新幹線、明治以降の建築で初めて国宝になった迎賓館赤坂離宮なども入っているが、重要度では「上野恩賜公園と文化施設群」「国立代々木屋内総合競技場」「立山砂防施設群」に続いて「黒部川水系の発電所群」は4番目にランクされた。
 選定の根拠は「自然と一体化した電源開発の究極」というもので、20世紀に登場した大規模な発電施設として評価されたといえる。
 黒部川水系の発電所群には、黒部川第2、第3、第4発電所をはじめとした発電施設や黒部ダム、旧日電歩道などが含まれている。

 この発電所群の電源開発が始まったのは1917年(大正6年)である。高峰譲吉博士が日米合弁のアルミニウム産業を興す構想をもとに、逓信省の土木技師だった山田胖が黒部川の調査に入ったのがこの年だった。
 高峰博士や三共の塩原又策らが設立した「東洋アルミナム」は、黒部川の水利権を得て本格的に開発に乗り出したが、アメリカ企業が撤退、さらに高峰博士の死去などによって、黒部の電源開発は東洋アルミナムから日本電力に移った。
 山田胖は日本電力に移り、山田は1926年に日本電力を辞職するまで開発にあたり、発電所建設だけでなく、その資材輸送のために鉄軌道をつくり、さらに電源開発の基地とした宇奈月に上流から引湯し、温泉郷を作った。それらの事業は現在も発電は関西電力、三日市から宇奈月までの輸送は富山地方鉄道、宇奈月から上部の専用鉄道のトロッコは黒部峡谷鉄道、引湯は黒部観光開発、そして温泉郷開発は宇奈月温泉関係者に受け継がれている。黒部・宇奈月温泉の電源開発、観光の発展は高峰博士の構想、山田胖の尽力が基になっているといえよう。

 山田胖が黒部での調査に入ってから100周年を迎えた2017年春、黒部市や関西電力、地元関係者による黒部・宇奈月温泉開発100年事業実行委員会をつくり、記念事業を展開してきた。宇奈月温泉の周辺はかつて「桃原」と呼ばれ、桃の木が自生していたことから桃の木を植樹したり、電源開発の出発点となった「弥太蔵発電所」の跡に記念板を設置したり、開発当初の写真展などを行なっている。
 そうした記念事業の柱の一つは、「100年記念のつどい」であった。
 つどいは10月14日、宇奈月国際会館セレネの大ホールで開催した。2部構成で、午前の1部は「先人の顕彰・記念式典」であった。宇奈月温泉では、開湯90周年の2013年に開湯の恩人として山田胖翁を顕彰してきたが、今回は電源開発100年であり、高峰譲吉博士、山田胖翁をメーンに顕彰することになった。地元の関係者、山田胖翁の三男洋夫氏ほか遺族、NPO高峰譲吉博士研究会から石田三雄理事長らにも参加していただき、高峰、山田の遺影に献花した。黒部の電源開発は数多くの先人の努力のたまものであり、顕彰はそれら方々をしのぶ機会となった。





 午後はパネルディスカッションがあり、前半は石田三雄理事長、山田洋夫氏、関西電力の多田隆司北陸支社長、中谷延之100年事業実行委員長がパネリストとして先人の苦労や情熱、開発100年の歴史を振り返った。後半は多田、中谷氏のほか、大田弘熊谷組相談役、川端康夫黒部・宇奈月温泉観光局代表理事、濱田政利宇奈月温泉旅館協同組合理事長、小橋一志黒部峡谷鉄道社長が黒部の魅力や展望について意見を交わした。
 またつどいでは、山田洋夫氏から黒部市に山田胖翁が保存していた資料が贈呈された。その一部は会場で展示されたが、資料のなかには開発に向けてアメリカ会社、高峰譲吉博士と塩原又策三共社長や山田胖翁らの交渉経緯を示す英文の書簡集、電源開発計画図などが含まれていた。
 黒部の電源開発は今なお続いているが「20世紀遺産」は施設だけではない。先見性、実行力など先人の努力があったことも伝えていくべきであろう。黒部の電源開発に携わった先人の顕彰を続けていきたいと思っている。



▲ 献花する石田理事長


▲ 高峰譲吉に協力する経緯が書かれた山田胖の原稿

(作成:平成30年2月20日/文責:事務局)