Caroline (1)

 キャロライン・ヒッチは1876(明治9)年、ニューオーリンズ生まれ。両親は、父・エーベン、母・メアリー。5人姉妹の長女であった。
 1884(明治17)年、譲吉がニューオーリンズ博覧会への出張で滞在中、ヒッチ家に招待され、この家の娘であったキャロラインと出会ったことが、二人の人生を大きく変えたことになる。
 譲吉とキャロラインは、譲吉滞在中に恋に落ち、婚約。譲吉は、必ず迎えに来ることを約して帰国する。
 1887(明治20)年、東京人造肥料会社を立ち上げたばかりの譲吉は、製造機械輸入のため、渡米する。勿論それは、キャロラインを迎えに行く目的も含まれていたことだろう。ともあれ、農商務省在官中のことであった。
 譲吉は、ちょうど欧州視察に出向く益田孝夫妻と共に旅立ち、船中で益田に、キャロラインを娶ることを打ち明けている。パリで一旦益田夫妻と別れ、譲吉はアメリカへ。そして8月10日、ヒッチ家において式を挙げたのである。
 キャロラインは丸2年以上、高峰譲吉という東洋の紳士を待っていた訳だが、驚くべきことである。当時のアメリカにおいて、東洋人が白人の娘を妻にした初めての例であったろうと言われている。
 挙式後二人はニューヨークへ出て、譲吉は機械の買い付けを行う。益田夫妻とも合流し、日本への旅を共にしている。 (文責:事務局)
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